教育、水族館、サッカークラブ。——領域の異なる50以上の事業を展開するDMM.comで、ほぼ全ての事業を管理・掌握している最高執行責任者(COO)村中悠介。 連載「建前なしの事業部談話」では、村中が各事業部の事業部長(メンバー)と対談。事業運営の実情について、建前なしで赤裸々に語っていきます。

今回は、セールスソリューション本部長の緒方悠が登場。これまで自ら起案した新規事業をいくつも軌道に乗せている緒方は、どんなバックグラウンドや哲学を持っているのか。村中との対談から紐解きます。

新しい商流をつくり、ゲームチェンジを目指す

── サッカーからパチンコまで、幅広く事業領域をカバーしているセールスソリューション本部ですが、DMMグループの中ではどのような役割を担っている本部なのでしょうか?

緒方 悠(おがた ゆう) 執行役員・セールスソリューション本部長
2011年にDMM.comグループ入社。動画配信事業部を経た後、2013年にアミューズメント事業部の立ち上げを行う。
2017年に株式会社STVV(ベルギーサッカー1部リーグ チーム運営会社)の経営権取得に携わり、同クラブの取締役に就任。Football事業部を立ち上げる。
2018年、執行役員セールスソリューション本部長に就任し、8つの多岐にわたる事業を統括。


緒方:一言で言うと「B to B」の事業が多く集まっている本部になります。パチンコのメディア事業『DMMぱちタウン』を筆頭に、ベルギーサッカー1部リーグ『シント=トロイデンVV』を手掛けるFootball事業部、クルマ売却アプリを運営するAUTO事業部、最近参入した農業事業部など、事業領域は多岐にわたります。

ぱちタウンの営業拠点が全国にあるので、DMMの中でもB向けの営業が肝になるような案件は、うちで取り扱うことが多いですね。

村中:1つの取引先に対して、複数商材を売りに行くチームだよね。パチンコ店舗なら「そもそもパチンコに関わる周辺事業って何だっけ?」というのを徹底的に調べ上げて、商流を完璧に把握した上で、営業していく。営業先はもちろん、そこで売る商品までゼロから開拓していくから、結構根気のいる仕事だと思う。


 

村中 悠介(むらなか ゆうすけ)合同会社DMM.com COO
2002年DMM.comに入社。2011年に取締役就任後アミューズメント事業、アニメーション事業など多岐にわたる事業を立ち上げる。2018年6月 COOに就任。50以上ある事業を統括。
2019年5月よりEXNOA(DMM GAMES) CEOを兼任。


緒方:一時期はパチンコ店舗に対して、野菜のつかみ取りイベントや、まぐろの解体ショーなんかも企画して売っていました(笑)。まさに、DMMの「何でもやる」精神を体現している本部だと思います。


 

── 最近だと「DMM農業」など、新規事業にも積極的な印象がありますが、事業を立ち上げていく上で大切にしていることはありますか?

緒方:ビジネスとして当たり前の話ですが、「儲かるかどうか」をまずシビアに検証します。既存事業とシナジーがあっても儲からなそうであればやりませんし、反対に門外漢の領域でも、儲かりそうであればやります。

村中:ゲームチェンジを起こせそうか、という点も大きいよね。たとえば農業のような一次産業は、非効率な仕組みやカルチャーがまだ色濃く残っていて、業界自体が大きな変革を求められているタイミングだった。だからこそ新規参入して攻めた部分はあるよね。

緒方:そうですね。「儲かる」というのは、表現を変えると「新しい商流をゼロから開拓して、稼ぐ仕組みをつくること」だと思います。なので、商流が長らく変わっていない業界には、チャンスがあると思って見ていますね。


 

カネなし・コネなしで、2年間の海外挑戦

── 緒方さんは、元サッカー選手という異色のキャリアを歩まれているとお伺いしました。改めてこれまでの経歴を教えてください。

緒方:学生時代は、カレー屋商売をしていた父の背中を見て育ちながら、好きだったサッカーにひたすらのめり込む毎日でした。プロを目指してプレーしていたのですが、大学生の頃に「このままじゃダメだな」と思い、一念発起してアルゼンチンのチームに入ったんです。

村中:スペイン語は喋れない、日本人の知り合いもいない、お金もない、という状況で単身飛び込んだらしいね。当時は不安はなかったの?

緒方:不安は全く無くて、ワクワクする気持ちの方が強かったです。お金は、選手として貰っていた少しばかりの給料をやりくりして生活しました。知り合いは次第に増えましたし、言葉は辞書片手にジェスチャーで何とかなりましたね。結局、2年弱ほどアルゼンチンのプロサッカークラブでプレーしました。


 

村中:海外に行かずに、日本で大学生のときにサッカーを諦めて就職していたら、多分ここまでのバイタリティとメンタルの強さは身につかなかっただろうね。

緒方:そうかもしれません。「とにかくやってみよう」と、フットワーク軽く行動すること。行動した先でどんな苦境があったとしても、挑戦を止めずに粘って耐え抜くこと。今の仕事に通じる原体験は、この海外挑戦で培われた気がします。


 

粘り強さが、新規事業をカタチにする

── 海外挑戦で培った「フットワークの軽さ」や「粘り強さ」、そしてなにより「行動する力」が、DMMの事業を成長させる上でも効果的だったのでしょうか?

緒方:そう思います。フットワークの軽さで言うと、村中さんもすごいです。「ヨーロッパでサッカークラブの案件があるんですけど...」と相談した1ヶ月後には、一緒に渡欧してましたから(笑)。興味の幅広さとフットワークの軽さが、新規事業の種を引き寄せるポイントだなと感じます。

村中:「粘り強さ」で言うと、『DMMぱちタウン』も、実はいろいろな局面で粘ってきたからこそ成功した事業だよね。

緒方:そもそも企画の段階で、村中さんからは一度ボツにされてますからね(笑)。そこで諦めずに、粘って再起案したからスタートすることができました。

村中:ぱちタウンで次に粘った局面で言うと、無料版を有料化にしたタイミングも大きかったよね。4000くらいあった登録店舗が、一気に離脱して800くらいまで落ち込んでしまった。あのときはどんなアクションをしたんだっけ?

緒方:当時はもう小手先の営業努力ではどうにもならないなと思い、各地域のキーマンとの関係性づくりに奔走しました。なんとか契約につなげるために、王道的な接待はもちろん、とにかくお客様とのコミュニケーションの回数を増やして我々のことを知っていただこうと必死でしたね。また並行して、店舗でのイベントなど、新しい商材を展開したことで、契約の底上げを図りました。こういった営業マンとしてやるべきことを日本全国でやり切って、なんとか契約数を持ち直すことができました。

村中:厳しい局面でも諦めずに粘って行動したからこその実績だよね。

緒方:そうですね。事業をやっていればときに失敗に終わることもありますが、「行動」しなければ失敗さえできない。ぱちタウンでも一度失敗しかけてそこから再起を図ったわけですから、失敗から学んで成長することも多い。振り返ってみると若い頃から今の立場になっても「思い立ったらとにかく動く」ことが自分をつくってきたと思うし、それは一緒に働くメンバーにも伝えていきたいメッセージですね。


 

── 最近でいうと、コロナ禍という社会情勢も、事業によっては「行動を止めないこと」がより一層求められていると思います。

緒方:コロナに関しては、現在進行形で粘り続けてます。パチンコ店舗も休業が続きましたから、ほとんどの営業社員の仕事がなくなってしまったような状況でした。ぱちタウン以外にも、売上へのダメージが大きい事業はあるので、あの手この手で粘って耐えてますね。

村中:コロナの影響に限らず、新規事業というのは当初の想定通りには行かないことが普通だと思う。でもそこで安易に撤退するんじゃなくて、ピボットしながら粘りに粘って、出来ることは全部トライしてから撤退の意思決定をしたいよね。

緒方:そうですね。やっぱりタダでは転ばないというか、想定外の局面で「どこまで粘りきれるか」が、新規事業が軌道に乗るか否かの要所になると思います。

原点に立ち返ると、僕たちが大切にするのは「儲かるかどうか」。当初思い描いていた形と全然違ったとしても、新しい商流を開拓して「稼ぐ仕組み」が出来てさえいれば十分だと思います。

村中:商流を開拓することは、「逆境に立ち向かう」ってことだと思う。ぱちタウンを始めたときが象徴的だけど、それまで他のIT企業が似たような業態で撤退していたこともあって「どうせDMMさんもすぐ辞めるんでしょ」というような雰囲気が業界内に流れてた。

当時はそれを乗り越えて今の「ぱちタウン」があるわけだけど、これからも同じように新規事業を軌道に乗せるためには、そういった逆境に自ら立ち向かっていけるような、気概に溢れたメンバーが、まだまだDMMには必要だよね。

緒方:そうですね。アップデートがあまり起きていない、レガシーの領域で変革を起こせるような、ファイティングスピリッツに溢れた人に是非来てほしいです。やりたい新規事業は山のようにあるので。

これからも新しい領域にどんどん飛び込んで、たくさん粘って行動しつづけて、次々と事業をスケールさせていきたいですね。




 

構成:柴崎 研 写真:高山 潤也