教育、水族館、サッカークラブ。——領域の異なる40以上の事業を展開するDMM.comで、ほぼ全ての事業を管理・掌握している最高執行責任者(COO)村中悠介。
連載「建前なしの事業部談話」では、村中が各事業部の事業部長(メンバー)と対談。事業運営の実情について、建前なしで赤裸々に語っていきます。
今回は、3Dプリント事業部事業部長の川岸孝輔が登場。3Dプリント事業部立ち上げのきっかけとなった“メイカームーブメント”から、メーカーとしての地位獲得を目指す事業プランまで話を聞きました。

“次の時代”への高揚感を現実にする

—— DMM.comの3Dプリント事業は、国内で最大級の規模だとお聞きしています。まずは、事業概要についてお伺いします。

川岸 孝輔(かわぎし こうすけ)エンターテインメント本部 .make 3Dプリント事業部 部長
国内楽器メーカーにて外装設計、回路、PCBの設計、音響測定器の設計、および組み込み用ソフトウェア設計に約9年間従事。DMM.comに2014年に入社した後、シニアエンジニアとしてハードウェア系の設計と対顧客向けのコンサルタント業務を担当。現在はDMM.com 3Dプリント事業部の責任者。


川岸:3Dプリントの受託製造、3Dプリンター機器の販売やレンタル、運用代行が主たる事業です。これまでは受託事業がメインでしたが、近頃は自社商品の開発にも動き出しており、3Dプリンターに関連するビジネス全般を扱う体制へとシフトしてきました。

製造拠点は石川県で、東京オフィスを含めると、30名ほど(2020年8月時点)のメンバーが在籍しています。

—— 3Dプリント事業部はどのようにして立ち上がったのでしょうか。

村中 悠介(むらなか ゆうすけ)合同会社DMM.com COO
2002年にDMM.comに入社し、動画配信事業の営業担当を経て、事業責任者を務める。2011年に取締役就任後、アミューズメント事業、アニメーション事業など多岐にわたる事業を立ち上げる。 2017年11月サッカーベルギー1部リーグ シントトロイデンの経営権取得。2019年5月よりDMM GAMES CEOを兼任。現在DMM.comの40以上ある事業を統括する。


村中:個人がメーカーになる時代の到来を予見した“メイカームーブメント”がきっかけです。“メイカームーブメント”は、2011年に『WIRED』US版編集長だったクリス・アンダーソンが書いた『MAKERS 21世紀の産業革命が始まる』によって生み出されたものです。同書には、「ウェブのイノベーションをリアルなものづくりに持ち込むことで、製造業が劇的に変わる」という旨のメッセージが綴られています。

その世界観を再現したのが、モノづくりのためのコワーキングスペース「DMM.make AKIBA(以下、AKIBA)」です。家電をつくろうと思ったら、家電メーカーに就職して修行するのではなく、AKIBAに足を運んでプロトタイプをつくり、仲間を募って個人がメーカーになる世界を現実にしようとしました。

その“メイカームーブメント”の実現には3Dプリントの実用が不可欠であり、DMM.comはいち早く投資を行いました。AKIBAの一要素であった3Dプリントチームが独立して、事業部になった形です。

個人がメーカー化する“夢の世界”

—— 事業部長の川岸さんは、AKIBAの立ち上げから参画していたのでしょうか。

川岸:いえ、私は少し遅れる形でジョインしています。

転職を決めた当時は、村中さんが言ったように「ものづくりが劇的に変わる」という動きが出ていた時期。私は楽器メーカーで音響設計の仕事をしていて、「製品を簡単につくれる世の中になれば、楽器業界はもっと面白くなるのではないか」と考えていたところでした。

そのタイミングで出会ったのが、DMM.comです。AKIBAが立ち上がり、3D領域で人材を募集していました。仕事柄、3DCADなど3D関連技術は頻繁に利用していたため、「自分が持つ技術を応用しながら、全く新しい領域に挑戦できるチャンスだ」と直感し、入社を決めました。

村中:3Dプリンターに大規模な投資をしている企業は、日本中を見渡しても少なかったはず。また、工場ではなく“ものづくりの拠点”を都心に立ち上げたので、きっと目立っていたんじゃないかと思うよ。

川岸:そうでしたね。ものづくり業界で働いてきた一人として、AKIBAの構想は衝撃的でした。また「データさえあれば簡単に製品をつくれるだろう」と考えていたので、近いうちにやってくるであろう未来に興奮しましたね。蓋を開けると、そんなに簡単にいくわけがなかったのですが…。


 

—— 3Dプリンターを事業として成立させるまでに、どのような苦労がったのでしょうか。

川岸:無知だったがゆえに、「3Dプリンターさえあれば、なんでもつくれる」といった勘違いを起こしてしまっていたのです。そもそも3Dプリンターは、装置によって造形に適した製品が異なります。素材もさまざまで、それらを網羅するだけでも一苦労。

また国内にプロフェッショナルがいないため、誰かにアドバイスをもらうこともできません。海外に出回っている情報も真偽が曖昧なものばかりで、結局は暗中模索する以外に方法がありませんでした。

村中:今となっては大量のパーツをつくっているので、材料費もある程度安く調達できています。しかし、立ち上げ当時は3Dプリンターを使う人がおらず、小ロットで高価な材料費を払わざるを得なかった。しかも、つくらないことにはノウハウがたまらない。ようやくノウハウが溜まってきたと思えば、新しい機械が生まれている……そんなことの繰り返しでした。

川岸:しかし試行錯誤を重ねた結果、『MAKERS』で描かれた世界観に、少しずつ近づいてきていると思います。立ち上げから苦労の連続でしたが、「思い描いた夢のような世界を、自分の手でつくっている」という実感がようやく湧いてきました。

市場創造と地位向上の“請負人”に

—— 川岸さんがおっしゃる「思い描いた夢のような世界」とは、どのようなものなのでしょうか。

川岸:DMM.comをメーカーにすることです。イメージしているのは、中国に本籍を置く鴻海精密工業。もともとは白黒テレビの「つまみ」部分をつくっていた企業ですが、今ではiPhoneの大半を製造するなど、世界トップのEMS(電子機器の受託生産を行うサービス)になっています。

DMM.comが鴻海のようになれば、世界中に自社プロダクトを発信できるようになる。現状からは想像もつかない姿になっているはずです。“IT企業が持っているメーカー機能”ではなく、世界で勝負できるメーカーになる。IT企業の強みを活かせば、実現不可能なことではないと本気で思っています。


 

—— すでにつくっているプロダクトはあるんですか?

川岸:販売前提ではありませんが、企画から生産までのノウハウを蓄積するために、雑貨をつくりはじめています。生産コストの低さを担保したまま、製品としてのクオリティの高さ証明することが目下の目標です。

TM & © TOHO CO., LTD.

その他、3Dプリンターの導入事例はこちら からもお読みいただけます。


村中:3Dプリンターで生産する製品のクオリティに関しては、まだまだ疑心暗鬼な人が多いのが実情です。しかし、守秘義務があるため詳細は公開できないものの、日本のトップを走るメーカー企業さんらからも多くの発注をいただいています。

3Dプリンターはデータと素材さえあれば、製品を安価に開発できる優れものです。たとえば先日、DMM.comはフェイスシールド1万セットの部品を生産し、病院や自治体に無償提供しました。

しかし残念ながら、まだまだ市場が成熟しておらず、認知も行き届いていません。このまま3Dプリンターの価値が知れ渡らないことには、事業が成長しませんし、高い技術が活かされる機会も限られてしまいます。3Dプリンターの社会的地位を向上させることは、“DMM.comの使命”だとも思っています。

川岸:僕の肌感覚だと、現在、描いたゴールの15%程度のところにあります。ゆっくりかもしれませんが、少しずつ事業が成長し、トップシェアの名に恥じない実績をつくれている。

『MAKERS』で描かれた世界観の実現に、DMM.comより本気で投資している企業はありません。業界のリーディングカンパニーとして、“メイカームーブメント”を期待で終わらせず、現実にしたいと思います。

 

構成:オバラ ミツフミ(モメンタム・ホース) 写真:高橋 団