✔ バックグラウンドにとらわれず、新しい環境で自分の可能性を試したい人に向けた記事です

✔ ファーストキャリアに市役所職員を選び、DMMに転職して地方創生事業に取り組む川那賀一が登場します

✔ 「コンサルティングファームと事業会社の中間に位置する」DMMで、全国各地の地方創生に取り組むストーリーをお届けします

新卒切符は想定外の市役所職員

川那 賀一 (かわな よしかず) 地方創生事業部
1989年生まれ。新卒で地元市役所に就職。基盤部署だけでなく科学館の学芸員や民間企業への出向を経験するなど、公務員としては異色のキャリアを積む。アーティストであるバックグラウンドと社会デザインの視点を融合し、前例に囚われないソリューションを生み出す「ソーシャルアーティスト」として活動。地方公務員アワード2019受賞。2020年4月よりDMM.com地方創生事業部に参画。


—— 川那さんのファーストキャリアは地方公務員だと伺っています。まずは、ファーストキャリアを選んだ経緯についてお話を聞かせてください。

川那:実は、もともと教師を目指していたんです。

親以外の大人で、子どもと一番長い時間を過ごすのが教師です。それゆえ、子どもの人生に大きな影響力を与えます。そのやりがいの大きさに憧れ、大学は教育養成課程に進みました。中学生の頃から、“教師一直線”でキャリアを考えていましたね。

しかし、教育実習への参加をきっかけに、教師の道を諦めました。というのも、学校教育で自分ができることの限界を感じたからです。

社会には何十万人という学生がいることを考えると、学校という箱の中で自分ができることは限られています。自分が担当するクラスの生徒に心血を注いで接するのは素晴らしいことですが、それでもやはり、より大きなチャレンジがしたいと考えてしまったのです。


 

—— そこで、公務員の道を選ばれたのですね。

川那:その通りです。とはいえ、「公務員になりたかった」というわけではありません。

民間企業の就職活動に完全に乗り遅れていたのですが、かといって就職留年する勇気もなく、それでいて安定志向。なんとなく「与えられる影響の範囲が広い仕事がしたいな」と思いつつも、明確な目標を見つけられずにいた私の手元には、もう「公務員」の手札しかなかったのです。

国家公務員になるという選択肢もありましたが、最終的に”転勤がない”という究極に安定志向な理由で、地方公務員を選びました。


 

—— 市役所では、どのような業務を担当されていたのでしょうか。

川那:初任の配属先は、教育委員会の出先機関である「科学館」です。プラネタリウムや動く展示物がある施設といえば、イメージしやすいでしょうか。

一般的に「市役所職員」と聞いてイメージする業務も行っていましたが、多くは公務員のイメージとは遠くかけ離れた仕事をしていました。

例えば夏休みに行う特別展を企画したり、でんじろう先生が行うようなサイエンスショーのパフォーマーをやっていたり。イメージは白衣を着た「科学館のお兄さん」です。

特別展は地方にもかかわらず、多い時で1か月に6.5万人を動員する市内でも有数のビッグイベント。地元新聞社と共同開催のためバジェットも大きく、常に収益性を求められます。

これまでイベントを手がけた経験などなく、手探りで企画や運営、必要があればオリジナルキャラクターを書き下ろすなど、がむしゃらに目の前の業務をこなしていました。

消去法という後ろ向きな理由で地元市役所へ就職したわけですが、結果的にやりがいのある仕事に携わることができたと思います。

一度は諦めた教育という分野に触れ、子どもと接する機会も多く、それでいて与えられる影響も大きい。思い描いた公務員生活とは違いましたが、良い意味で職種という肩書きにとらわれず視野を広げてくれた経験だったなと思います。


 

“行政と民間の往復”で見えたキャリア

—— 科学館に勤めた後、次の配属先はどこだったのでしょうか。

川那: 東京の大手通信会社に民間出向しました。

というのも、次の異動先が“普通の役所の部署”だと分かっていたからです。 通常3年前後で異動するのにもかかわらず、僕は科学館に6年間勤務をしました。公務員としては特異なキャリアを重ねたことで、自分が“普通の公務員”として組織に貢献できるイメージが湧かなくなり、民間出向の公募に応募したんです。その方が、より強みを活かして組織に貢献できるだろうと思っていました。


 

—— 大手通信会社では具体的に、どのような業務を担当されていたのでしょうか。出向先での学びも、あわせておきかせください。

川那:CSR(社会貢献)を担当する部署で、全国の自治体とコラボレーションするお仕事をしていました。

結果的に民間企業の出向は、とてもいい選択だったと思います。全国の自治体課題に接する機会があったおかげで、視野を広げることができました。

それまでは「地元の課題は全国の共通課題だ」と思い込んでいましたが、「環境が変われば、課題の中身や質が異なる」と気づいたんです。同じ分野の課題でも打つべき施策が違ったり、行き詰まっているように見える問題でも、全国に目を向ければ参考にできる先進事例がいくつもあったり。自分の見ていた世界が狭かったことに気づかされました。

もう一つ、一般的なビジネスのフレームワークを学べたことにも感謝したいです。

ビジネスには「この流れに沿えば、ある程度の成果がでる」という定番のフレームワークが存在します。特に大企業ではこのフレームワークがしっかりしており、どんな人間でも一定のアウトプットが出せる仕組みが整っているなと感じます。

しかし行政では、担当者それぞれの裁量による部分が多く、マネジメントという概念も薄いため、仕事のアウトプットが不安定になりやすい環境だと感じました。企画の立て方など、一般的なフレームワークやクリティカルシンキングを叩き込めたのは大きかったですね。


 

—— 民間で得た学びは、市役所に戻ってからの業務に活かされましたか?

川那:多角的に物事を捉えるアプローチがダイレクトに活かされました。

一般的に、目の前の大多数が同じことを言っていると、それが正しく聞こえてしまうもの。しかし、主観以外の軸を持つことで、疑問を投げることができます。結果的に、出向する前と比べて、貢献できる価値がより明確になったなと感じました。


 

—— キャリアに広がりができ、今後公務員として活躍するイメージもついたと思います。なぜ、転職を考えられたのでしょうか。

川那:できることならずっと公務員を続けたかったのですが、年功序列の行政文化が、パフォーマンスのボトルネックになっていたからです。

渾身の企画書を書き上げても、私が入れるのは“会議室の前”までです。意思決定が行われる会議室には、入室を許された役職者だけしか立ち入れません。たった一枚のドアがすごく遠く感じられました。

出向を経験することで、意思決定に一歩でも近づけると期待していましたが、甘かった。熱量を持ってつくった企画が、“伝言ゲーム”ですっかり冷めてしまい、扉の向こうへ消えていく。——どうしたらいいものかと、毎日のように悶々としていました。

この壁を打破する一番の方法は、「年を取ること」です。もちろん“会議室の中に入れるタイミング”を待つこともできるのですが、そうしているうちに民間で学んできた自分の強みが風化してしまう気がして、同じ年数を過ごすなら、自分にしか出せない価値をもっと突き詰めようと、キャリアチェンジを決意しました。


 

—— 転職先の候補はいくつかあったかと思いますが、なぜDMM.comを選ばれたのでしょうか。

川那:転職先の条件として思い浮かべていたのは、「より広い裁量、より広い領域」を持っていること。また、いつでも行政に呼んでもらえる人材になりたかったので、前職の行政経験を活かせる仕事を条件に検討していました。

その結果、国家公務員、コンサルティングファーム、事業会社の大きく3つの領域が選択肢になりました。

国家公務員になれば、扱える予算と業務の影響が広がります。しかし、やはり年功序列の壁がある。コンサルティングファームに入れば、幅広い行政と接点が持てるものの、どうしても机上の空論で地域のために貢献できる実感がない。事業会社なら、着地まで提案できますが、ソリューションが自社製品に限られる。三者三様のメリット・デメリットがあり、悩んでいました。

そんなときに、プライベートでも私を知る仲の良いエージェントの方が「どうしても話を聞いてほしい」と紹介してくれたのが、DMM.comでした。


 

—— 話を聞いてみて、「自分の理想に合う」という感覚があったんですね。

川那: どの転職先候補よりも、自分が役に立てるフィールドだと直感しました。DMM.comは、コンサルティングファームと事業会社の中間に位置するような会社です。

コンサルティングファームのように接する顧客や領域が幅広く、また自社のリソースが多岐にわたるのうえに、意思決定が柔軟。アウトプットに縛られることなく、解決すべきゴールに向かって上流から下流まで関われる魅力的な居場所だと感じました。

部署も新しく立ち上がったタイミングだったので、グロースフェーズから関われるという点も大きなポイントでしたね。


 

民間だからこそできる、行政の仕事

—— DMM.comに入社してから1年が経過し、仕事にどのような満足感を得ていますか。

川那: 誤解を恐れずに言えば、「行政よりも多く行政の仕事をしている」感覚があります。

市役所の仕事は異動が少なくないので、長期的に見れば多くの領域に関われますが、瞬間を切り取ると関われる領域が限定的です。

でも、行政の方には、さまざまな分野に想いを持っている方が多くいます。例えば教育領域の担当であっても、福祉や環境、子育てなどにも関心がある。いち公務員としてできることは限られていますが、DMM.comの地方創生事業部として動いていけば、彼らの熱い想いを社会実装していくことができます。

まだたった1年の勤務ですが、地方創生事業部では多様なアウトプットを出す機会に恵まれています。DMM.comには、新規事業を生み出すノウハウが揃っているので、地域の方の「やりたい」を全力でコーディネートできるんです。

例えば、地域の魅力を届ける「自治体プロモーション」ひとつとっても、近年主流の動画を中心としたビジュアルプロモーションをワンストップで担えるだけでなく、アニメーションや声優さん、Vtuberやインフルエンサーとのコラボレーションなど、多様なニーズに合わせて最適なソリューションを提案することができます。

提案できる引き出しが多いので、首長や意思決定者と1 on 1で話をすることも少なくありません。環境のお陰ですが、「こんな若造でも、壁を超え対等に議論できるんだ」と感じられる機会も多く、いい仕事をするために、立場や年齢は関係ないと気づきました。

上司の後ろ盾に頼らず、先陣を切って目上の方と話し合う経験はとても新鮮です。もちろん最初は、年功序列文化の根強い公務員時代とのギャップに戸惑いましたが、今では良い結果を導くために欠かせない過程だと思って議論を楽しんでいます。


 

—— ゴールさえ定まっていれば、そこにたどり着くまでの道は無限にあるんですね。反対に、DMM.comに入ってみて不便を感じたことはありますか。

川那: 組織として不便に感じることは特になかったですね。

だた、業界構造には不便さを感じています。行政と民間の間には、まだまだ多くの障壁があるんです。

行政と民間では担っている役割が違うので、それぞれに違った“win”があり、得意・不得意があります。本来ならばそれを補完し合うパートナーであるべき二者の間に、必要のない距離ができており、時には双方で違う言語を話しているかのような状態になることもあります。

最近でこそ、双方の言語を翻訳できる人材も増えてきましたが、業界全体で良い結果を生み出していくためには、まだまだ改善すべき点が多く残っているのです。


 

—— 「互いの言葉を通訳する存在」として、具体的にはどのようなことを意識されているのでしょうか。

川那:「ステークホルダーを凹凸で見ない」ということを大事にしています。地方創生を実現するためには、民間も行政も地域住民も、みな平等に共創の主体であることを認識しなければいけません。

老若男女分け隔てなく尊重し対話して同じゴールを見つける。DMM.com社員となった今でも、このような公務員が得意とするフラットでカジュアルなコミュニケーションを続けています。


 

地域に生命力を届ける商売のプロ

—— 行政の経験も踏まえ、川那さんが思う「地方創生事業部に向いている人」は、どのような人でしょうか。

川那:自分の中に解決したい社会課題がたくさんある人、もしくはそういう人と関わることが好きな人ですね。「社会をよくしたい」という漠然とした想いだけでなく、原体験を伴って社会に課題を持っている人は、奥底から湧いてくる熱量がとても大きく、困難を物ともせずやりきる粘り強さがある。強い想いがあれば、この仕事は楽しいと思います。

DMM.comには、その熱量を形にするフィールドも、解決するリソースも、全て揃っています。「実践こそ最大の学び」という文化が根付いるので、挑戦しながら成長していけるのではないかと思います。


 

—— スキルや経験よりも、強い想いを求めているんですね。最後に改めて、地方創生にかける川那さんの想いを教えてください。

川那:「地方創生」と聞くと、「KPIの無い慈善事業」のようなイメージを持っている人がいるかもしれません。実のところそうした事業者もあるかもしれませんが、DMM.comが取り組んでいるのは、単なるボランティア活動ではありません。

地域がお金を生む基盤をつくり、雇用を創出するチャレンジを絶えずしています。言うなれば、お金や人の流れを生み出し、経済をつくりながら社会課題も解決するという挑戦です。

そしてこの挑戦は、非常に難易度が高く、単一のスキルではなく、営業力や企画力、対話力、アントレプレナーシップなど、数え切れないほど多くのエッセンスが詰まったものです。

行政が「地域を知り尽くしたプロ」だとするならば、DMM.comは「商売のプロ」。稼ぐためのノウハウやビジネスの視点を多く持っている私たちが、“稼ぐ自治体”になるためのサポートができれば、その地域は強い生命力を持ち、自ら主体的に挑戦できるはずです。

今の私の夢はDMM.comの地方創生の姿を「面白い」と思い協力してくれる仲間やパートナーをひとりでも増やすこと。そして彼らとともに、官民の枠を超えて地方創生を通してひとりでも多くの人生に影響を与えること。

人の人生に影響を与えたいという学生時代からの想いが、学校ではなく地域や日本という、より大きな単位で実現できたら、それほど嬉しいことはありません。




 

構成:井上茉優 編集:オバラミツフミ 写真:つるたま